引田漁業協同組合が全力でお届けしています。
安倍實の書いた安戸池の
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その昔、引田で盛んであったというボラ漁。

引田町史の「中高網漁業」のページにおいて、

その漁について触れられております。

それでは、前回の続きを。

安倍 實の書いた安戸池のボラ網の情景から抜粋する。

『引田町として数ある見物の中の見物は、

安戸池のボラの捕獲であろう。

毎年冬季一回これを捕獲する。

季節に至ると網連中数十名は、

食料その他の準備を整え、

引田浦から数隻の漁船を安戸池に廻し

適当な場所に配置し

風静かに波穏に稍温暖な暗夜に乗じ、

群集せるボラの池底より浮上るを窺い、

傍の与治山に登り、たえずボラの行動に注意し、

好機を見て網を投じ数十隻の船は一斉に松明に点火する。

海面は全く昼のようで、其の壮観たとえる物がない。

本網を投ずれば次いで二番網、三番網と順次投網する。

二番以下の網は地方に引き寄せて捕獲する。

投網の報伝るが早いか幾千人の観覧者は池辺に群集し、

池中から逸出せんとするボラを突留めんとして湾口に集る人々

「かなつき」竿は林立し、昔の槍合戦も斯くやと偲ばれる。

投網前は堅く池辺の点火を禁じ、

せきとして声なく恰も伏兵の潜伏するに似ている。

毎年の捕獲数は二万尾内外で、

時としては五、六万尾にも達することがある。

魚類捕獲の雄壮の感躍如たらしむ。』


とある。

本池のボラ漁獲は、けだし東讃における一偉観であろう。


と、ここまで読んで思い出した。

そういえば、女性も子供もみんなボラ漁を手伝いに行って、

日当がわりにボラをもらって帰ったという話を、

昔、聞いたような気がします。

ちなみに上の写真はですね、

当時のものではなくって、

数年前に沖で撮影したものなんですよねぇ。


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