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昔、引田で盛んであったという「ボラ漁」

このことについてもう少しだけ調べてまいります。

今度はこちら。

香川県農林水産部水産課発行の、

「香川の漁業史」その57ページ。

【寄魚漁業】

冬の期間魚が特定の場所に集まる習性を利用して、

一挙に捕獲する漁業を、一般に寄魚漁業又は冬網と言った。

対象とする魚はボラが主体であるが、

コノシロ・スズキ・チヌ等も獲っていた。

この漁業は多くは村・浦の権利として存在し、

それを漁獲する人を村・浦で決め、

その落札金は村・浦の収入としていた。

なかには、引田のように

旧藩主の水主をした者に操業の権利があるとして操業をしていたが、

本来は浦の漁業者全体にあるという者も出て、

明治二十七年紛争が起きたこともある。

寄魚の漁場は県内では安戸池、馬篠、庵治湾、志度湾、高松築港、

王越、仁尾、箕浦、小豆島吉田湾など県下至るところにあり、

各漁場では冬の季節に入るとこの海域では、

あらゆる漁業を禁止し、監視船も付け漁場を保護した。

そして網入れする日は浦中の人が集まり祭さながらの賑を見せた。

しかしこの漁業も昭和三十年代になり、

需要者がボラ・コノシロは油臭がすると言い、

食べなくなり次第に消えてきた。


とあります。

祭りさながらの賑いをみせたという、冬の風物詩。

昭和三十年代まで続いたこの「ボラ漁」も、

現在ではその様子をこうした文献の中ににとどめるのみ、

といった状況なわけでございます。


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安倍實の書いた安戸池の
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その昔、引田で盛んであったというボラ漁。

引田町史の「中高網漁業」のページにおいて、

その漁について触れられております。

それでは、前回の続きを。

安倍 實の書いた安戸池のボラ網の情景から抜粋する。

『引田町として数ある見物の中の見物は、

安戸池のボラの捕獲であろう。

毎年冬季一回これを捕獲する。

季節に至ると網連中数十名は、

食料その他の準備を整え、

引田浦から数隻の漁船を安戸池に廻し

適当な場所に配置し

風静かに波穏に稍温暖な暗夜に乗じ、

群集せるボラの池底より浮上るを窺い、

傍の与治山に登り、たえずボラの行動に注意し、

好機を見て網を投じ数十隻の船は一斉に松明に点火する。

海面は全く昼のようで、其の壮観たとえる物がない。

本網を投ずれば次いで二番網、三番網と順次投網する。

二番以下の網は地方に引き寄せて捕獲する。

投網の報伝るが早いか幾千人の観覧者は池辺に群集し、

池中から逸出せんとするボラを突留めんとして湾口に集る人々

「かなつき」竿は林立し、昔の槍合戦も斯くやと偲ばれる。

投網前は堅く池辺の点火を禁じ、

せきとして声なく恰も伏兵の潜伏するに似ている。

毎年の捕獲数は二万尾内外で、

時としては五、六万尾にも達することがある。

魚類捕獲の雄壮の感躍如たらしむ。』


とある。

本池のボラ漁獲は、けだし東讃における一偉観であろう。


と、ここまで読んで思い出した。

そういえば、女性も子供もみんなボラ漁を手伝いに行って、

日当がわりにボラをもらって帰ったという話を、

昔、聞いたような気がします。

ちなみに上の写真はですね、

当時のものではなくって、

数年前に沖で撮影したものなんですよねぇ。


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中高網漁業
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というわけで、その昔、

引田で盛んであったという「ボラ漁」について調べていたところ、

ついに見つけましたよ。

「引田町史 近・現代」より、

第六節 伝統的漁業

一 漁具・漁法の変遷

三六六ページ、上段。

それでは、その部分をそのまま丸写しさせていただきますと、

【中高網漁業】

安戸池と沖之埠頭前の三か所に寄魚漁業権を設定している。

漁期は11月21日からから3月末である。

漁期になると、漁場の一定の区域を禁漁区(留め海)にし、

集まった魚を保護し、逸散を防ぎ、

夜は番船が出て「夜ねり」して魚の集合状況を監視する。

明治43年(1910)12月19日、漁業者2名漁場に立ち入り、

魚群を逸散せしめたということで

『その筋にご処分請求あるべき所、

仲裁がありご寛免を得たるに付爾来云々』とあり

『如何なる所為相成候とも一切苦情申間敷候依て慈に誓約仕候也』

と証人連署の詫状からも当時のことが窺える。


ということで、魚群を逸散させることが、

どれほどの重大事であったのかが分かりますね。

そしてそのことからも、

当時の「ボラ」の価値がいかほどであったのか、

なんとなく感じ取れるような気がいたします。

続く。

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ナカダカ発見
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ただいま、引田町史より、

その昔、引田で盛んであったという「ボラ漁」について調べ中。

ちなみに、目次であやしいとにらんだ、

第二章 「漁業」

第一節 「明治期の漁業」は空振りにおわりましたが、

ペラペラペラとページをめくり進めてまいりますと、

おおッ!見つけた!

「ナカダカ」の文字。

なるほど、漢字では「中高」なんですね。

というわけで、「中高網漁業」

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ちなみに、こちらは、

3冊からなる「引田町史」のうちの1冊。

「引田町史 近・現代」より、

第六節 伝統的漁業

一 漁具・漁法の変遷

三六六ページ、上段。

お手元にお持ちの方は開いてみてください。

万一、お持ちでない方も大丈夫。

ご安心ください。

「中高網漁業」

その内容について、これからご紹介させていただきますからね。

続く。

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キーワードはナカダカ
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というわけで、ずいぶんと前に聞いた、

昔、引田で盛んであったという「ボラ漁」

その名も「ナカダカ」

それ以上の情報はちょっと思い出せませんので、

こういう引田の古いコト、歴史的なコトを調べるときに、

便利なアレがあるんですよね。

そう、それが「引田町史(ひけたちょうし)」

現在は合併により、

「香川県東かがわ市」となっておりますが、

まだ、「引田町」であった頃の歴史が、

この冊子にギッシリと詰まっているわけでございます。

3冊からなるこの引田町史をですね、

ペラペラペラとめくってまいります。

調べるのは、昔の引田の漁業について。

キーワードは「ナカダカ」

きっと見つかるハズ。

だって、引田の歴史がギッシリつまった「引田町史」ですからね。

歴史がギッシリ。

冊子にギッシリ。

そうか、目次で調べた方が早いな。

目次ですばやく。

目次ですんなり。

引田の漁業、引田の漁業と。

おっと、見つけた第二章「漁業」

第一節「明治期の漁業」あたりが、あやしい感じですよ。

続く。

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ボラ漁の話
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というわけで、その昔、引田で盛んであったという、

「ボラ漁」の話について。

ちなみに、こちらの写真はですね、

ボラとは関係なくって、

香川県の引田にございます「ハマチ養殖発祥の地」

安戸池において、その養殖が有名になり、

しだいに観光地化されてきたときに、

発売された「絵葉書」のうちの一枚でございます。

ずいぶんと前のことになりますが、

この絵葉書に写っているこの方との雑談中に、

昔の「ボラ漁」について、

お話をうかがったことがあるんですよね。

「秋か、冬の初めぐらいだったかなぁ、

昔は引田中の漁師が集まってボラ漁しよった。

他の漁は禁止して、

港全体をしめて、ボラの網入れて、

充分にボラが入ったら、

ウスをとめるどォ言うてのぉ」


ワタクシの記憶が確かならば、

「ウスをとめる」という行為は、

港の入り口をふさいでボラが逃げられないようにするコト、

もしくはボラの入った網の入り口を閉めるコト、

どちらかだったハズ(記憶が曖昧)。

そしてそのボラ漁の名は、

「ナカダカや、そうや、ナカダカ言よった」

かなり古い記憶ではありますが、

そんな会話をしたコトがあるような気がするんですよねぇ。

続く。


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ボラのイメージ
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突然ですが皆様。

「ボラ」に対して、どういったイメージをお持ちでしょうか。

「安い、臭い、寒ボラは美味い」(A料理長談)

ちなみにワタクシも、同じような感じ。

安いけれど、それほど美味しくない、

実際に食べて不味かったというわけではないのですが、

どうしてもそういったイメージになっちゃう感じ。

ただ、魚類の養殖が始まるまでは、

どうしてもお魚の安定した供給ができず、

そういった状況のなかでは、

ボラの価値は高かった、と聞いております。

大人数での会食などで刺身が必要になった場合、

現在ならば養殖ブリなどを利用しますが、

当時はそういうわけにもいかず、

刺身にできて、

1尾でそれなりに量が取れる「ボラ」は、

料理屋さんに重宝されたとか。

そうそう、そういえば、その昔は、

引田でも「ボラ漁」が盛んだった、

なんて話も聞いたことがありますよ。

続く。


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危険な魚
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例のハモを撮影しておりましたところ、

「これも撮っとけ」

と、漁師さんがポイッと投げてくれたのがコチラのお魚。

食べられないことはないみたいですが、

とくに市場に並ぶことのないお魚でございまして、

その名も「ヒメオコゼ」

「オコゼ」の名が付いていることからもわかるように、

こう見えて、

危険な背ビレをもっているんですよねぇ。

詳しいことは分かりませんが、

オニオコゼほどではないにせよ、

ちょっとした毒をもっていて、

この背ビレのトゲで刺されると痛むんですって。

というわけで皆様、

こういうお魚を見かけたときはですね、

けっして素手で触ったりせず、

充分注意して、

遠くから見守るだけにしておくことをオススメいたします。

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生きる力
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というわけで、謎のお魚の正体ですが、

コレって・・・・アレですよねぇ。

顔の形状こそ違いますが、

体形、体色、目の感じ、

そして下あごの感じで分かりますよね。

そう、こう見えて「ハモ」なんです。

ちなみに通常はこんな感じ。 → 【ハモ】

そして、コチラのハモは、

先天的なものか、後天的なものか分かりませんが、

なんらかの事情で上顎がなくなっているんですよね。

ただ、どちらにせよ目立った傷口がないことから、

長い期間この状態で生きてきたことは明らかなんですよね。

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ハモの一番の武器といえば鋭くて強靭なキバ。

それを使って小魚などの獲物を捕らえるわけですが、

上顎がないということは、

嚙み合わせることができないわけで、

獲物を捕らえるのが非常に困難なことになるハズ。

なのに、この下顎だけのハモは、

極端に痩せてもいないし、むしろ大きく成長している。

ということは、充分にエサを食べていることになるわけで、

どうやって獲物を捕らえていたのか、

噛みつきもせず、丸のみだけでやってこれたのか、

そのあたりよく分かりませんが、

その「生きる力」には驚かされるばかりでございます。

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謎の魚を
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販売部Kさんに呼び出され市場へと。

「写真とっとけ」

ということで、多くは語らずとも、

かなり珍しい何かがそこにあるのは確実。

そして市場のスミでは、

なにやら作業をしている漁師さんたちの姿が。

カメラを構えて近づいてまいりますと、

魚の選別作業をしているところなんですね。

しかしながら、その手元を見ましても、

アジ、アジ、アジ、アジ、アジばっかり。

とくに珍しいのは見当たらず。

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「こっちや、コレ、コレ」

販売部Kさんの声に振り返りますと、

カゴの中に、たしかに何かが入ってる。

「お前、こんなん見たことあるか?」

ワクワクドキドキでのぞき込んでみますと、

そこには見たことのない顔をしたお魚が・・・・。

何コレ?

「新種や」(販売部Kさん談)

いや、ちょっと待ってくださいよ。

この体形、色、目の感じ、

どこかで見たことがある感じがしますよ。

続く。

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